婚礼の風物詩
香川県西部の西讃地方では、お嫁さんのお土産や婚礼の引き出物に「おいり」というカラフルなお菓子が配られる。小さな餅を丸くふくらませた「おかき」の一種で、口に入れると魔法のように溶けていく。わずかなニッキの香りとほんのりとした甘さが、郷愁をそそる。
「おいり」の名は、「御煎」と「嫁入り」をかけたもので、嫁入りの「丸い心になって婚家に嫁き、まめまめしく働く」という気持ちをあらわしたものだ。一部の地域では「着物の数を減らしてでも、『おいり』の数を増やす」といわれていたほどで、他の地域には見られない独特の風習である。
初代丸亀藩主の生駒親正の姫のお輿入れの際、城下の人々が5色の餅でつくったあられを献上したことにはじまるという。もともとは、紅白の2色だったが、次第に色の数が増え、現在は7色の「おいり」となっている。
真珠の美しさと淡雪の味
蒸した餅米に砂糖と水飴を加えて石臼で搗いたばかりの生地に米ぬかを振りかけて、熱いうちに2本の麺棒をあやつり平らに伸ばしていく。5ミリほどの厚さに伸ばすと、天日で乾燥させ、5ミリほどの采の目に切る。煎ると、真っ白な四角形の餅は、大きな真珠のような「おいり」に変身を遂げる。白無垢を装った花嫁のような白い『おいり』を七色に染めつけると完成だ。
創業万延元(1860)年の「山下おいり本舗」4代目・山下光信さんは「手間ばかりかかるから、今では『おいり』をつくるところも少なくなっている」と言う。季節によって色の配分を変えるのは、お客様が気づかなくても、そこに楽しみを見いだしているという。「気がつくかどうかわからんけど、幸せになってもらいたいという気持ちも入っている。『おいり』をつくり続けるのは、そうした願いのためかねえ」と山下さん。
『おいり』を食べると、心が温かくなっていくのは、作り手がお菓子にかけた幸せの魔法のせいなのだろう。 |